~ただ、ささやかに生きて、ひっそりと死にたい~ そう願う少女がいた。
明治末期の帝都・東京。
手広く商売を広げる商家・三笠家の長女として生まれた絹子。
しかし、絹子の父・茂は婿養子として三笠家に来たものの、妻が亡くなってからは愛人・蝶子と
その間にできた妹・美知華を家に呼び寄せ、贅沢三昧の暮らしをしていた。
一方、絹子は家族から疎まれ、使用人のように働く日々。
しかし、茂の商才の無さと蝶子らの浪費によって三笠商会の経営は傾く。
そこで、かつて先祖がやったように神の加護を得るために、茂は絹子を故郷の山に住むという山神へ無理やり嫁がせることにした。
山神の住まいだというあばら屋へ連れてこられた白無垢姿の絹子。
しかし、その隣に夫の姿はなかった。絹子の夫になるのはこの山の山神なのだ。
絹子は、山神などというのは単なる言い伝えにすぎないと思っていた。
絹子はただ、神への生贄としてこの山で一人生き、一人朽ちていくのだと誰もが思っていた。
形ばかりの婚姻の儀が終わり、茂たちは皆、山を下りる。
あばら屋に一人残された絹子だったが、いままでだって使用人然として生きてきたのだから何も変わりはしない。
理不尽な命令をしたり折檻してくる家族がいない分まだ気楽だと思いなおした絹子だったが、そんな彼女の前にどこからともなく一人の美麗な男性が現れる。
「……どちらさまですか?」
「そんなに怖がらなくてもいい。私は君の夫だ」
「……え?」
「先ほど、婚礼の儀式をあげただろう。私は加々見という。この地を統べる山神だ」
その、まるで絵画から抜け出してきたかと思うほどの美麗な青年は絹子に優しく微笑みかけた。
これは生贄として捧げられた少女と、絶大なる力と富をもつ山神との奇妙な恋愛譚。
虐げられた少女が本当の幸せをつかむまでの物語。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2021-06-09 12:00:00
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会話率:27%