熊谷次郎直実には三人の子がいた。嫡子の小次郎直家、その次に桂の前という姫、そして後妻の子である玉鶴姫。後妻は平山季重の妹だったが、直実は一ノ谷の合戦での先陣の功績を争い季重と対立していた。
そんなある時、直実は世の無常を悟り突然出家してしま
う。
後に残されたのは後妻と子供たち。後妻はこの上は跡取りの直家を亡き者とし、玉鶴姫を季重の息子と娶せて熊谷の家を我が物にしようと計略を巡らせはじめるが……
説経節「熊谷先陳問答」を現代語に翻訳したものです。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2024-08-24 18:25:31
19202文字
会話率:0%
天竺はびしゃり国えんらの庄かたひんらの里に住まう長者、かんし兵衛夫婦はその慳貪な性格から仏罰を被り命を落とした。後に残された二人の姉弟、姉の天寿姫と弟のていれいは、流浪の身の上となる。やがて両親の七回忌を目前にした姉弟は、親の菩提を弔うため
に我が身を売ることを思い立つ。ちょうどそのころ、おきの郷ゆめの里の大まん長者は、長年病に臥せっている息子を治すために、八方手を尽くしていたが……
慶長年間に人気を博した説経浄瑠璃作品「阿弥陀胸割」を現代語に翻訳したものです。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2023-08-16 22:22:26
14834文字
会話率:24%
子供のない松浦長者夫婦が初瀬の観音に祈願して授かった一人娘、さよ姫。しかし、父の長者が亡くなるや家は没落し、母と娘のただ二人が残された。
父の十三回忌の弔いの資金を得るために身を売ったさよ姫は、村の氏神である大蛇に捧げる生け贄の娘を買いに都
へやって来た商人、ごんがの太夫に買われ、はるか奥州安達郡の八郷八村へと旅立つ。
池の大蛇に捧げられる人身御供となったさよ姫は、父の形見の法華経を取り出すと……
室町時代から江戸初期頃の口承文芸である説経節のひとつ、「松浦長者」を現代語に翻訳したものです。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2023-04-29 15:42:13
28008文字
会話率:25%