水面に映るは、想い出と面影。
誰もが、おのれの船の船頭ならば。
舳先に抱いた女神と、今宵、月の下で踊るがいい。
最終更新:2022-01-18 00:00:00
283文字
会話率:0%
江成勇三は1952年、相模原、水郷田名の穀倉地帯の養蚕
農家の3男坊。昔、この地区で洪水が起こり江成勇三の先祖
が私財を投じて立派な堤防を建てた。戦後、貧しい生活を
強いられたが米も取れ相模川でアユ、ヤマメ、山ではタケノコ
、キノコがとれ、
ひもじいい思いはしなかった。
鶏を飼って卵と鶏肉も販売し生計と立てていた。江成勇三は
野山をかけめぐり山の幸、川の幸を取り野生児として元気に
育った。ある夏の日、川舟の船頭の手伝いをしてる時、近く
の女学校に通う裕福な女学生と出会い清流で川遊びをして
仲良くなった。その後、その2人は・・・。
是非、本編をご覧下さい。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2019-09-08 07:46:53
56764文字
会話率:0%
いつ来るのか、いつ出るのか、えらくいい加減な名ばかりの定期船が運航を始め半年、
それまで海を渡る人々を支えていた手漕ぎ船の船頭達《オーシャンジャスパー》の需要は緩やかに無くなりつつあった。
波が高く、荒れやすい海へと出て、これまで陸と陸と
を繋いできた気高き海のジャスパー達、定期船への怒りは早々に爆発し、定期船船長や定期船運航の出資者まで巻き込む喧嘩騒動に発展した。
結果といえば情けないことに、船長や出資者の純粋な熱意と演説に丸め込まれ、それまでジャスパーの誇りがうんたらかんたらと散々叫んでいたのが、あれよあれよと瞬く間に定期船の乗組員になる始末
こうして自分達の決断によりオーシャンジャスパーとその職は派手に滅び始めた。
そんな急激な変化の中でも、周りに流される事無く、ジャスパーを続ける者もいる、
そんな中の一人、山羊を連れ立って海へ出るジャスパーの少女の物語
、少女と山羊とお客の物語
折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2015-01-01 00:00:00
493文字
会話率:84%