老いた犬「リリィ」は、かつて大好きだった“ひと”――少女と暮らしていたが、その少女はもういない。今はただ、海沿いの町の小さなベンチで、毎晩耳の奥に響く“波音”を聴きながら、月を見上げている。
ある晩、不思議な黒猫「フィガロ」が現れる。フィ
ガロは人の言葉を話し、「きみの耳に聴こえるのは、“記憶の海”からの呼び声だ」と告げる。
「そこには、まだ叶えられていない願いが眠っている。たとえば、君がずっと想っている“あの子”の願いも――」
リリィは、波の音と月のまばたきに導かれるまま、フィガロと共に“記憶の海”の底にある“夜の図書館”を目指す旅に出る。
そこには、亡くなった人々や、消えかけた願いたちが本の姿になって静かに眠っていた。
旅の途中で、リリィは「夢を失った人間の影」や「言葉を忘れた老人」など、孤独な存在たちと出会い、別れを重ねる。
そしてようやく辿りついた“夜の図書館”で、リリィは一冊の本を見つける。
それは――かつての少女が書いた「いちばん最後の願い」だった。
「リリィが、もう寂しくありませんように」
リリィはその本をそっと咥え、月の道を渡って帰る。
だが、記憶の海に触れた代償として、リリィの姿は少しずつ薄れていく。
フィガロはそれを知っていたが、何も言わなかった。
夜が明けるころ、リリィは少女の面影の残る夢のなかで、最後にしっぽを振る。
そして静かに、波音が止む。
その町の海辺には、今も古いベンチがある。
月がまばたく夜、そこに座ると――小さな犬の気配がする、と言われている。
折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2025-07-16 22:15:55
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