耳鳴りが始まったのは、いつからだっただろうか。
否、正確には――耳鳴り「という言葉でしか括れぬ何か」が、僕を蝕み始めた時のことを、僕自身がよく覚えていない。朝の街を歩いていたときか、夕暮れの駅で、誰かの罵声を遠巻きに聞いたときか。あるい
は、それよりずっと前、母の胎内でさえ、既にその「ざらついた残響」は響いていたのではあるまいか。
ヴィジュアルスノウ。
視界に走る白い砂嵐。
目を閉じても、まぶたの裏でさえも消えない雑音の粒子。
それは、ただの病だと医者は言う。脳の誤作動、視覚皮質の異常な興奮。
だが、僕には信じられない。
あれほどに確かな“意味”を持ったノイズが、ただの電気信号の誤作動などで済まされてよいものだろうか?
街を歩けば、人の顔が溶けていく。
電車の窓に映る自分の輪郭さえ、まるで濁った水に描いた炭の絵のように、曖昧で、醜くて、崩れている。
それでも、僕には見えてしまうのだ。
――薄汚い「人間」の姿が。
偽善の笑顔に宿る、打算の軌跡。
親切の裏に潜む、支配の欲望。
恋慕の眼差しの奥でうごめく、破壊への衝動。
そのすべてが、白い砂粒となって視界を侵し、金属音めいた耳鳴りとなって僕を貫いてくる。
これは病か。
それとも――啓示か。
神よ、答えてくれ。
なぜ僕だけが、こんな世界を「見せられて」いるのだ?
折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2025-06-17 22:43:32
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